「ここいたの、アーロン。ルークが探してたわよ」
「アラナ」

 アーロンが人群れから離れて海辺を一人で散策していると、ドレス姿のアラナが小走りでアーロンのところまでやってきた。慣れないヒールを履いているせいか、砂の上でよたよたと歩くアラナに思わずアーロンが転ぶなよと注意を促す。これくらい大丈夫と、ドレスを両脇を手で持ち上げながらアラナが微笑んだ。

「ルークと一緒に余興で踊るんでしょ?」
「知らねーよ。あいつが勝手に決めたんだろ」
「とか言っちゃって。あんたが夜にこっそり練習してるの、私見ちゃったんだけどなあ」

 アラナの的確な反論にアーロンがぐ、と声に詰まる。アーロンを窮地に追い詰めたアラナは、さもおかしそうにけらけらと笑う。

「良い式だね。モクマさんもチェズレイさんも幸せそうで」
「まあ、おっさん達にしては悪くはねーんじゃねーの」
「ふふふっ。アーロンもこの日の為に頑張ったもんね。チェズレイさんの相談相手になってくれたって、モクマさんがあんたに感謝してたわよ」
「……相談相手、ねえ……」

 アラナには上手く誤魔化して伝えたようだが、実際詐欺師とのやりとりは相談という類のものではなかったのが事実だ。数年前に初めてこの壮大な計画をモクマから打ち明けられた時には流石のアーロンも仰天したものだが、その際にモクマから依頼された協力も更に目を剥くような内容だった。

 チェズレイがマリッジブルーになったら、お前さんが何とか宥めてやってくれ。

 詐欺師はモクマのとんでもない企みも知らなければ、よもや交際期間ゼロで結婚に持ち込もうという前代未聞の試みを成し遂げようとしているなんて思いもしなかっただろう。怖いのはモクマもアーロンも共に勝算は高いと踏んでしまっていたことだ。

 詐欺師からアーロンへの接触をマリッジブルーの一言で片付けていいのかは甚だ疑問だが、最終的には結婚前の憂鬱事に他ならなかったと納得せざるを得ない。誰よりも潔い詐欺師があれほど悩んだのは、それだけモクマのことを大事にしているからだ。大切な人との未来について、真剣に考えるからこそ不安にもなる。その葛藤を乗り越えてこその結婚という儀式なのだろう。

「前に私が結婚しようとしたときは、相談してないのにも関わらず反対したくせに」
「あれは相手が悪すぎるだろ」
「でも今回のあんたは反対しなかった。ってことはつまり、二人をお互いの相手として認めたってことなんでしょう? だったら祝福してあげなきゃ。アーロンの仲間を。大切な人達の門出を。……そのためにも、早く会場に戻ってルークと一緒に踊らなくちゃね」

 強引に話を繋げたかと思えばアラナは、がしりとアーロンの腕を掴む。絶対に逃がさないと楽し気に来た道を引き返すアラナに、アーロンは渋々と従った。

 碧い海面に降り注いだ陽光が乱反射して世界を包む。白い砂浜に取り残された多くの足跡の持ち主達は、潮風を受けながらアーチを囲んだ。目が眩みそうな光の中、主役の二人は睦み合いながら幸せそうに笑っている。綺麗ねと思わずぽつりと言葉を零したアラナに、アーロンも無言で頷く。この光はきっとアーロンがこれまで手にしてきた宝石の輝きとは比べ物にならないだろう。

 詐欺師は自身のことを本物の宝石ではなく偽物のガラス玉に例えたが、だから何だというのだとアーロンは思う。それは忘れ形見の主の刀のように、或いは仲間から受け取った古びた二枚のコインのように。実際の価値があるかどうかなんてお構いなしに、宝物は宝物だ。そもそも詐欺師はモクマのことを見くびりすぎだ。心を揺り動かすような輝きを、自分が本当に守るべきものを、モクマは見誤るような男じゃない。元々何かを手にすることを躊躇う性質なら尚更、自分が手にいれたものがどんなに汚れようがボロボロに擦り切れようが、一生かけて大事にするに決まっている。



 三日月の形をした島の上に、赤い紅葉と水色の花が隣り合って並んでいる。モクマとチェズレイのこれまでを象徴したその形は、世界地図の全てを余すところなく埋めていた。ほう、と息をつきながらチェズレイは地図を大空に掲げる。

 マイカの里出身と思われる娘の一人が、昔から祝い事に使っていたという紅白饅頭をふるまっている。甘いものに目がないルークが当然のように食いつく様子を眺めながら、もうインクの色からしてモクマはそのつもりだったのだとチェズレイは思い知った。怪盗殿がチェズレイに忠告したとおり、モクマはチェズレイが思う以上にしつこいししぶといのかもしれない。

「モクマさん……一つ宜しいですか?」
「うん。なになに~」
「私達はこうして世界征服を成し遂げたわけですが、モクマさん自身が手にしたものでまだスタンプを押していないところがありますよねェ?」
「……ん? ……ん~~???? そうだっけ?」
「ええ」

 首を傾げて悩むモクマに向かって、チェズレイは人差し指で自分の唇をなぞってみせる。チェズレイの意図を汲み取ったモクマが、僅かに頬を赤らめた。

「どうせマークをつけてくださるのなら、私に跡を残す場所とモクマさんが触れてくださる部分は全く同じものであると嬉しいのですが」
「えぇ~……。でも、お前さんみんなの前でとかそういうの苦手でしょ」
「……本当にあなたは。ここまで私を悪趣味なことに巻き込んでおいて、よくそんな口が叩けますねェ」

 精神的にも物理的にもぐいぐいと追い詰めるチェズレイに、モクマがしどろもどろになる様子がおかしい。

「モクマさんのこれからやりたいことに、私の全てを知ることは含まれてはいませんか?」
「……含まれてます」
「素直で結構です。さァ、それではいたしましょう! 誓いの口づけを! 今ここで!」
「ちょ、ちょっと待ってチェズレイ! 声が大きい!」

 それこそ今更だと笑って顔を近づけるチェズレイに、モクマが意を決したように唇を押し当てた。乾いた唇の感触と共に周囲から歓声が聞こえたが、もうここまで来たらチェズレイに怖いものがあるはずも無かった。


 幾つかのつたない約束に、二人は永遠を重ねていく。


「……でも、ちょっとこれ以上は。せめて二人きりになるまで勘弁して……」
「フ……。承知しました」



 そしてまたここから始まる。



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原作にてモクマさんとチェズレイはもはや結婚したようなものなんですけど、改めて結婚してもらいました。書いててとても楽しかった~。
お誕生日おめでとう、チェズレイ。モクマさんと永遠に仲良くね!!2022.11.20

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