火遊び

「それでは、ちょっとした遊びをしましょうか」

 最近のチェズレイはふとした瞬間にカレンダーを覗き込むことが多くなった。本人が気づいているかどうかはモクマには分からない。思い当たる点と言えばついこのルークの誕生日が、直近であるということだけだ。深い理由は分かりかねるが、チェズレイはルークのことをまるで自分の子供のように可愛いがる。モクマ自身もルークやアーロンには特別な思い入れがありすぎるため、チェズレイが誕生日に何か画策したくなる気持ちも理解出来る。さて、俺の方は何を用意しようかね、と考えた矢先に何気なく思った。そういえばお前さんの誕生日はいつなんだ、と考えた瞬間チェズレイに向かって口に出してしまった。呼応するようにチェズレイは一瞬口を開きかけ、それでいて何かを思いついたようにそのままにたりと笑った。あ、これは何か企んでいる顔だとモクマが気づいたが時すでに遅し。そして冒頭の台詞である。簡単なゲームをしましょう、といいアイデアを思い付いたというようにチェズレイが言ったのだ。

「私の誕生日がいつなのか、モクマさんが当ててみてください」
「お前さんはいつも突拍子がないことを言うねえ」
「それが私なので。ルールは簡単ですよ。一年のうち、たった一つ。あなたが私の誕生日だと思う日をご回答いただければ」
「もし間違ったら?」
「それなりの罰を受けていただきます」
「罰、ねえ。それなら見事に正解を引き当てた場合は?」
「そうですねえ。あなたの言うことを何でも一つ聞きますよ」

 何でも、とあっさり言ってのけるチェズレイに、軽率すぎるとモクマは唸った。二人で過ごす時間が長くなった分だけ、チェズレイのモクマに対する警戒心はどんどん薄れてしまっている。モクマにとっては嬉しくもあり、逆に心配でもあった。あのねえ、いくらチェズレイと年が一回り以上離れているおじさんであっても、そういった台詞をもらっちゃうとそれなりに良からぬあれこれを考えてしまう訳ですよ、と。チェズレイには言えるはずもないけれど。モクマは溜息をつきながら、了承の意味で肩を竦めた。本来ならゲームに乗らなければいいだけの話だが、生憎楽しそうにモクマに話しかけるチェズレイを無下にも出来ない。結局は惚れた弱みだ。

「それでは、何月何日にいたしますか?」

 モクマは適当に思いついた月日を答える。チェズレイは残念ですが、違います、と首を振る。対して落胆はしなかった。一年は三六五日。それはつまり単純にいって確率も三六五分の一となる。最初から当てて見せようなんて思っちゃいない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。誕生日を当てるまで、モクマはチェズレイの罰に耐えるだけ。モクマの思考は安直だった。何でも、というチェズレイの言葉に動揺して、果たしてどんな罰が与えられるのかを確認しなかった程度には。

「では、モクマさんへの罰ですが」


 おもむろにチェズレイがつけていた手袋をそっと外した。


「私が、モクマさんの体を触ります」


 チェズレイは子供みたいに楽しげだ。


 しくじった、とモクマが後悔しても遅かった。いや、ちょっとそれは罰ゲームとしてどうなの?と問いかけてはみたものの、一度始めた遊びを勝手に終わらせるのはルール違反ですよとチェズレイに諭される。最初は顔。ぺたぺたと頬のあたりを触られたかと思えば、白い指先で眉をなぞられた。次は首。まるでピアノの旋律を奏でるみたく、とんとん、とチェズレイの指が流れていった。意表をついて今度は掌。両手で掌を包み、手相をもみ込んだり、指を絡めていわゆる恋人繋ぎをしてみたり、極めつけには大きくてあたたかいですねという殺し文句付きだった。もしこの遊びにモクマが勝ったら、何でもするとチェズレイは言った。だからモクマは、そういった軽はずみな発言は慎むようにとチェズレイに注意するはずだった。その予定だった。でもゲームを進めた今は、モクマの理性はぐらぐらだった。

 勘弁してくれ、とモクマが項垂れていると、またもや罰を決行したチェズレイがモクマの胸板を躊躇なく触る。チェズレイの表情が何処となく嬉しそうだ。耐えろ、耐えるんだとモクマは自身に言い聞かせる。そして迎えた次のゲームも、当然のように惨敗だった。胸中で念仏でも唱えるか。ああ、そうだ、せめてチェズレイがモクマを遠慮なしに触るという視界の暴力がない分マシになるかと目を閉じたとき。モクマの口に、覚えのある感触が訪れる。驚いて目を開けると、触るのは「手」だけなんて誰も言っていませんよとチェズレイが笑った。


   ぐわりと眩暈がした。もう限界だった。


「…………俺の負けだ。降参する」
「おや、そうですか」

 まるでゲームの行方には興味もないというようにチェズレイは落ち着き払って答える。無言のまま抱き寄せると、大人しくチェズレイはモクマの腕の中に納まった。

「全く、質の悪い遊びだよ」
「遊びには本気にならないなんて、いつ私が言いました?」

 くつくつと笑うチェズレイが、そういえばもしモクマさんがこのゲームに勝っていたら、私に何をお願いしましたかと尋ねてくる。自分の心を誤魔化すことを諦めたモクマは掌を返して答えた。触りたい。今度はモクマがチェズレイを。思う存分。こんな口実なんてなくたって、触りたければいつでもどこまでもどうぞ、とチェズレイがモクマを煽る。どうなっても知らないぞと言いながら、モクマはゆっくりと手を伸ばした。


 遊びでも、ゲームでも。本気でも、何でも。


 モクマの激情に火をつけた責任はきっちりとってもらわにゃならんのだ。



BOND諸君のプロフィール公開前に書きました。誕生日が分からないという今しか書けない話だなあと思いまして。そして二人はお互いに対していつだって全力。

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