永遠

 何か形に残るものを、と思いついたのは突然のことでさしたる意味はない。ただ唐突に閃いてしまったアイデアを簡単に打ち消してしまえるほど、モクマは単純でもなかった。
 とは言え、今更チェズレイに何か物を贈ろうと考えてみても、チェズレイは既に多くのものを持っているし、それに本当に欲しいと願ったものならば何がなんでも自分で手中にしてしまうタイプの人種だ。今までずっと途中で諦めて投げ出して、何も持っていないモクマとは全く逆の。
 薄紫色に広がる空の下、ふらりふらりと居酒屋の帰り道を歩く。道なりに安い露天商が並ぶのを視界に入れて、ええいこういうのは勢いだよな勢いと、些細な酔いを言い訳にして足を向けた。

「チェズレイ」
「何ですか?モクマさん」
「お土産」

 どこぞの貴族のお姫様みたく優雅にゆったりとソファに座るチェズレイに、リボンも包装紙もない全く持って釣り合わないそれをぽいっと無造作に投げる。しっかりと受け止めて掌の中を覗き込むチェズレイの反応を、そっとモクマは見守った。

「懐中時計……ですか?」
「そ。お前さんに似合うと思って。まあ、安物なんだけどね」

 道端で適当に買ったものなどチェズレイだったら毛嫌いして、突っ返されるかもなという予想はあった。けれどこの贈り物は言わばモクマの自己満足であって、チェズレイに手渡したという事実が残れば十分だった。十分だと思っていた。

「有難く頂戴しますね」

 不要なら捨ててしまっても構わないという台詞を口にする前に、チェズレイに言われてしまった。

「そんなもので本当に良いのかい?」
「自分からプレゼントしてきたのに、奇妙なことをおっしゃいますねェ」
「チェズレイならもっと良いものを持っているだろうに」
「随分意地悪な言い方をなさるんですね。私はこれが良いんです。他の何よりも、モクマさんがくれたものが一番」

 ずっと大切にしますね、と少しはにかむように微笑むチェズレイの表情は、最近になってモクマがお目にかかるようになったものだ。

 指切りなんて子供の他愛無いままごとのようだと思う。利用し利用され、他人も自分も騙しながら生きてきたような人間には、到底程遠い。けれど自分が一番ふさわしくなっていないと分かっているくせに、儚い約束をモクマが守ってくれるとチェズレイが信じてくれていることが、嬉しい。ずっと大切にするというチェズレイの言葉を、信じたい自分がいるのが途方もなく嬉しい。

「モクマさん。それ、どういう感情ですか?」

 意趣返しとばかりにくすくすと笑いながら尋ねるチェズレイに、お前さんも大概意地悪だよ、と答える。初めて出会った頃はお互いの余りの第一印象の悪さに辟易としてしまったが、時を経るにつれてこんなに可愛く愛おしくなるものだから、本当に詐欺だなとモクマは心底思った。

 いつ死んでも構わないという呪縛に囚われていた頃、だから何かを残したいなんて考えもつかなかった。けれどチェズレイだけは、この人だけは何があっても一人で残していくような真似をしたくはないと強く願ってしまうのだ。

 チェズレイがいなければ失っていたはずの日々を、だからモクマは預ける。これからの時間を、チェズレイに、全て。大切にするという彼の言葉だけを信じて。

 この誓いと約束を永遠と呼ぶなら、きっとそうなのだろう。


ゲームクリア後に初めて書いたモクチェズのお話。もうとにかく二人には幸せになってほしかった。

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