カウントダウン

 アーロンの誕生日が不明であるという事実に、ルークは少なからず衝撃を受けた。きっかけはルークが良く利用している馴染みのドーナツ屋から誕生月クーポンなるものが登録しているメルマガから届いたという些細なことだ。大人になるにつれ、自分の誕生日を祝ってもらえる機会などほとんどなくなる。誕生日を教えるほどの親しい関係がいなかった、という意味合いも強いが、経過としてそういえばアーロンの誕生日はいつなのだろうという疑問が生まれたのは自然な流れだった。

「知らねえよ」
「ええっと、僕は君の誕生日を聞いているんだけど」
「だから知らねえって言ってんだろ!」

 アーロンの返答にルークは頭を殴られるような痛みを覚えた。なんせ心当たりが山ほどある。そもそもアーロンはルークよりも実は頭が切れるし記憶力もいいのだ。ひょっとしたら、ひょっとしなくても、ルークがアーロンから借りていたのは名前だけじゃなくて。ルークにはこれまで何度か誕生日を祝ってもらった記憶がある。真実を知ってそのことを思い出す度に複雑な感情になるが、ルークが嬉しいと感じたあの瞬間の事実は変わらない。ルークと離れる前のアーロンにだってそういう機会が絶対にあったわけで、だったら尚更自分の誕生日を祝ってもらえないというのは寂しい。

 寂しいじゃないか。



 ルークが何か一人でコソコソとしているなとアーロンは薄々気づいてはいたものの、特に何も言わなかった。これまでの付き合いで分かってきたことだが、ルーク・ウィリアムズという人間は頭に馬鹿がつきそうなくらい実直な青年だった。時限式の爆弾みたいなものだとアーロンは思う。ルークは時折、アーロンが予想もしなかった突拍子のない行動に出るが、アーロンにそれを止められる手段はないのだ。だってルークは自分がこうだと決めたら絶対に譲らない。一度着火してしまったものは、大人しく爆発を待つしかない。後はいかにその被害を最小限に食い止められるかだ。だからアーロンは、ルークの家に次々に段ボールが運送会社から運送会社から届くのを警戒はしていたが、ただただ黙っていた。一応ルークの家に住まわせてもらっている身分なので、線引きという意味合いも含めて。

 ルークが休日のとある朝、やけに豪華な食事が用意されていたのでアーロンは、あの荷物の中身はこれかとすぐに察した。 朝は軽食派だと主張していたルークに、朝にガツガツ食わないと力が出ねえんだよ、と当然のように増量を要求したのはアーロンだ。とは言ってもそれは、スクランブルエッグにつくベーコンがハンバーグになるという程度の、多分可愛いものだ。けれど、今朝は違う。とにかく肉、だ。単純に焼いたステーキもあるし、アーロンが良くルークにリクエストしている大き目のハンバーグもある。おそらくモクマあたりに伝授されたのだろう、名は分からないが野菜や豆腐なんかと一緒にそれぞれ煮込んだもの。いつも食べるサンドウィッチにもローストビーフが三倍くらい入っていたし、ウィンナーやベーコンはまるでバイキングコーナーのように山盛りになっている。あと、見たこともない薄い肉に、これまた見たこともない色合いのソースが盛り付けられた皿を確認し、アーロンは流石に嫌な予感が隠せなかった。テーブルを挟んで、向かい合ったルークをアーロンはじろりと睨む。

「おい、ルーク。これはなんの真似だ」
「何って、今日はアーロンの誕生日なんだから。腕によりをかけて作ったんだから、たくさん食べてくれ」

   やっぱりか、とアーロンは項垂れた。そういえばつい最近、ルークに自分の誕生日を聞かれる機会が確かにあった。その時のアーロンの返答は当然と言えば当然のもので、だってアーロンはアーロンが生まれたのがいつだったかなんて覚えていない。記憶がない。思い出さなくていいのなら思い出したくもない。だから言葉を濁したというのに、これだ。

「誕生日なんて、俺は知らねえって言っただろ」
「聞いたよ」
「だったら」
「でも、今日はアーロンの誕生日だ。僕がそう決めたから。僕が君を祝いたい、ただそれだけだから。だからアーロン、どうか巻き込まれてくれ」

   ルークの屈託のない子供のような笑顔と懇願に、文句を続けるつもりだったアーロンは何も言えなかった。ルークはいつもそうだ。自分がこうだと決めたら絶対に譲らない。何があっても自分のなかの真実は揺らがない。実はアーロンは、強気のルークには滅法弱いのだ。諦めて食事に手をつけるのを眺めて浮かべる笑顔にも、優しい瞳にも。

「実は色んな人に声をかけて、君の好物を送ってもらったんだけど、見事に肉ばかりで」
「だろうな」

 アーロンの好物、というよりは、邪魔しないように配慮した、という気配は多い。ケーキは別に予約してあるから、あとで一緒に取りにいこうと誘うルークに、アーロンはそれはてめえが食いたいだけだろと小言を漏らして、けれど最終的には頷いた。

「なあ、アーロン。来年もこの日に、こうしてお祝いをしような」
「お前が覚えてたらな」
「大丈夫、絶対に僕は忘れないから」

   一番大切なことを忘れていた奴がいう言葉かという台詞をアーロンは、噛み切った肉と一緒に呑み込んだ。忘れていてもいい、覚えていなくてもいい。それでもいいから「ルーク」という人生を歩んできたこの人と、「アーロン」として一緒にいると決めたのは自分なのだ。今までたくさんのものを譲ってきた自分だけど、ルークの隣だけは誰にも譲れない。

 まあ、忘れてもいいかとアーロンは思った。

 今のアーロンはあの時のような待つだけの子供じゃない。ルークが忘れてしまっても構わない。その度にアーロンは思い出させてやればいいだけなのだ。何度も、何度でも。

 来年の今頃、一週間前、いや一か月前くらいから、それとなくルークに探りを入れてみよう。けれどなんせルークは鈍感なので、そのうちしびれを切らしてアーロンが、てめえで決めた日ぐらいてめえで覚えてろや、と怒鳴りそうだ。未来を想像して、口の端で少しだけ笑う。そうしてルークとアーロンとの間の決め事を、これから重ねて守ってゆけば。アーロンを祝ったこの日は、きっとアーロンの誕生日になるのだろう。

 来年も、再来年も、その先も。二人で絶対に笑って迎えてやるのだ。

 いつか来るであろう、嘘が真実になる日まで。


inserted by FC2 system