あたりまえのこと

 モクマとチェズレイが二人揃ってコンビニに入った時点で、既に違和感はあったのだ。ただその引っかかりをまあいいやとモクマが流してしまったのは、夜通し行われた任務の疲労感や達成感のせいだったのかもしれない。相棒と一緒に各々気に入った商品を籠に入れ、会計を済ませるためにレジに向かったところだった。

「ところでモクマさん。新年あけましておめでとうございます」
「うん。あけましておめでとう?」

 背後に爆破の光と轟音を抱えて迎えた年越しだったが、とうに済ませていたはずの挨拶だ。何故に今更とモクマは訝し気にチェズレイの顔を見上げて「あ」と思った。口角がいつもより上に向いている。モクマの経験上から推察するに、何かを企んでいるような良くない笑みだった。

「めでたく今日この日を無事に迎えられた喜びを祝福して、モクマさんには是非一番くじを引いていただきたいと思います」

 新年早々そう来たかとモクマは内心思ったが、声には出さずに「一番くじって、あのコンビニのレジ付近にある福引みたいなの?」と聞き返す。そうですとチェズレイは嬉々とした様子で頷いた。

「ということでこちらをご覧ください。くじの商品はモクマさん仕様でご用意させていただきました」
「わ~これはまたすごい」

 チェズレイに促されるままにレジの対面にある、普段は商品棚として使われているだろう場所にモクマは視線を流す。五段の棚全てに陳列されているのは、見渡す限り酒または酒と或いは酒。つまりは全ラインナップ酒だ。流石に棚の上に置いてあるのは瓶本体でなくプラスチック製のレプリカであるようだが、コンビニでモクマがよく好んで飲んでる酒から幻の銘酒と呼ばれる一品まで、その種類は様々だ。

 もちろん普通のコンビニであるのなら、こんな年齢確認が必ずしも必要になりそうな一番くじを置いてあるはずはない。そう、薄々はモクマだって察していたのだ。このコンビニにはもう明るい時間帯だというにも関わらず、モクマとチェズレイ以外の客が一人として見当たらない。挙句にレジスター前で構えている店員にも見覚えがあり、モクマの思い違いでなければ組織の構成員達だったはずだ。ここは初めて入ったコンビニだったはずだが、元々あった店を貸し切りにしたのかそれとも店自体をこの計画の為だけに造り上げてしまったのか。どっちもありそうだなとモクマは思った。なんせモクマの誕生日の為だけに温泉を掘ってしまうような子だし。チェズレイの影響を受けてかルークまでもが五つ星ホテルの従業員を巻き込んで彼の誕生日を祝うようになってしまった。それをモクマ自身も普通に受け入れるようになってしまった辺り、慣れとは怖いものだ。

「こんだけの景品を集めるのは大変だったんじゃない?」
「あなたと共に新年を迎えられる喜びに比べれば、それほどでも」
「でもこれ、くじには良くある一等とか二等とかの札が無いように見えるんだけど」
「そこはモクマさん専用の特別ルールです。箱から選んだくじに当たりと記載されていたら、どれでもお好きなものお一つをお選びください」
「それはそれは。随分と気前が良いねえ」
「他者に決められた価値観ではなく、モクマさん自身がこれだと思えるものこそが一番の当たりでしょうから」

 モクマさんがお選びにならなかった景品に関しては、明日に開く新年会にて組織の皆に振る舞う予定ですのでご安心くださいとチェズレイが言う。数千人をも抱える闇組織のドンともなれば、アフターフォローもばっちりだ。

「さあどうぞ。お引きになってください、モクマさん」
「そんじゃあお言葉に甘えて」

 抽選箱の中にモクマは片手を差し込み、指先で三角折にされたくじを掴む。チェズレイとその部下達が見守る中、モクマがくじを開けば「当たり」というお目出たい赤文字が目に入る。

「フフ……。流石はモクマさんですね。ではどうぞお選びください」
「ここにあるものならどれでも良いんだね?」
「ええ」

 確認の為にモクマがチェズレイに問えば、チェズレイはあっさりと肯定する。それじゃあこれにすると言いながらモクマは迷わずチェズレイの掌を取った。驚いたように瞠目するチェズレイに、どれでも良いって言ったよねとモクマはしたり顔で笑う。

「あァ……モクマさん。私は一番くじの景品になったつもりも、今後なる予定も無かったのですが」
「んー。そこはさ、新年のおめでたさに免じて許してやって。おじさんにとっちゃお前さんとの出会いが一番の当たりだからね。どんなに美味い酒を手に入れたって、一人で呑むんじゃつまらないじゃないか」
「そういうものですか」
「うん。そういうものだよ」

 モクマが独りだった頃には、こんな気持ちで新しい年を迎えられるようになるなんて想像もしていなかったのだ。今では当前のようにチェズレイがいつだってモクマの隣にいてくれるけれど、その当たり前が当たり前では決してないことをモクマは知っている。

 朝日が昇る度にまた何も変えられなかったとやるせない気持ちに襲われることはもう二度とない。

 折角モクマさんの為に入念に準備をしましたのにとチェズレイは恨み節を吐くが、その表情はどこか嬉し気に見える。

「それなら折角だし、お前さんも引いてみれば良いじゃない」

 チェズレイなら絶対に当たりを引くだろうし、モクマの予想が正しければ抽選箱の中は全部当たりくじのはずだ。

「それなんですが、私自身意識をしないうちにもうくじを引いていたようでして」

 心底困ったように語るチェズレイに、モクマはどういう意味だろうと首を傾げる。そんなモクマの様子にチェズレイは微笑みながら、触れていたモクマの掌をきゅっと掴んだ。そうかと口にしながら、モクマは頬をこれ以上なく緩ませた。

「当たりだった?」
「ええ、大当たりでした」


あなたの一番、私の一番。

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